ポリファーマシーを考えてみて 

ポリファーマシーを考えてみて

帝京平成大学
5年 小林純一

私は今回初めてJPPaCに参加させて頂きました。薬学部に所属する私は普段から薬に関することを学んでいますが、このポリファーマシーに関する問題や取り組みに関してはよく知らなかったので、現場でご活躍されている医師の矢吹先生から直接お話を伺うことができて非常に勉強になりました。

まず、ポリファーマシーとは明確に決まった定義はないものの、臨床的に必要とされる量以上に多く薬剤が処方されている状態を指します。具体的には薬剤が5種類以上になると有害事象が増えるためカットオフしようという流れがあるそうです。しかし、日本の高齢者の服用平均はおおよそ5種類に達しており、ポリファーマシーが進んでいると感じました。

ポリファーマシーの原因としてあげられていたのは、一つの疾患に対して複数の薬剤が処方されている場合、かかりつけ医がおらず処方医が多く存在している場合、患者側が病院で薬を欲しがる場合など様々な立場の人がポリファーマシーの問題を引き起こす原因になりうることがわかりました。これは医療従事者はもちろんですが、患者さんの意識も変えていくことが必要なのではないかと思いました。

私が将来薬剤師となったとして、ポリファーマシーについてできることを考えました。例えば、患者さんに飲んでいるお薬について正しく理解してもらえるような服薬指導、処方について本当に必要な薬なのか医師と相談する、など多くの協力ができるのではないかと感じました。

JPPaCでは毎月このような学ぶ会を開催しているとのことだったので、私も一薬学生として様々な専門家のお話を伺うことで知見を増やしていければなと思います。今後も是非よろしくお願い致します。

ファブリ病患者の会 FIN来日記念東京シンポジウム 感想文

ファブリ病患者の会 FIN来日記念東京シンポジウム 感想文

2016年5月22日
吉玉孝士

今回、ボランティアとして参加させて頂き、受付業務をさせて頂きました。殆ど前知識がない状況での参加でした。ファブリ病とはどのような病気で、どのような悩みを持っているのか?治療法はどうなっているのか?疑問だらけでした。
受付業務(英語が殆どわからない私が海外の方の応対をお手伝いしたのであまりお役に立てませんでしたが・・)がひと段落して、講演を聞かせて頂いて感じたことを主にご紹介したいと思います。
まず、ファブリ病は現在発症、または素因を持つ(ここが重要ですが)方だけの問題では無く、過去未来、つまり次世代も交えた複雑な問題だと感じました。
これまで、いわゆる遺伝病と呼ばれる、引き継がれる可能性のある病気に関して耳にしてはいても、じっくり深く考えた事がありませんでした。もし自分に病気の素因があり子供に引き継がれる可能性があるときどう考えればいいのか?
患者さんは未来の自分自身の病気が起こすあらゆる不安と現実に怯え、また家族の事も心配している現状があります。皆様は自身に置き換えて、その悩みを解決できますか?
私はかなり困難な事だと感じました。だからこそこの病気を周囲がきちんと理解し向き合って行くべきだと思いますし、希少疾病であるが故に知らない多くの遺伝病に関しても正しい知識を得る方法を確立していく事が重要だと感じました。
今回講演の中身は主に治療と診断についての話が多かったと感じました。治療に関しては酵素療法が進み、かなり予後は改善されましたが根本的な治療法では無く、やはり頻繁な点滴治療、高額な治療費(助成はありますが)の問題が残されています。また原因を直さない限り次世代への影響を当然気にしてしまうでしょう。しかしながら、遺伝子治療の話題も上がっていましたが、そもそも倫理的な課題を解決するは難事業です。
また、診断に関しても、現実的なスクリーニングの実施の理解、また診断がついたあとの治療とその後の人生への不安に対する対処が大きな課題と感じました。
最後に色々な方の話を聞いた中で、印象に残って考えた事を纏めます。確かにこの病気は将来の事で多くの事を悩む傾向はございます。しかしすべての人の人生に言えると思いますが、その日その日を一生懸命生きる事、あと将来への悩みでは無く前向きな夢を一つでも持つことが大切かなと感じます。また、ハンディキャップはその大小はありますが、すべての人にあると感じています。つまり、すべての人が人生において何らかの障害を持ち立ち向かうべき存在だと感じますので、どの様な条件で生まれても前に進む力を持っていると思います。遺伝病の苦しみは深いし、私は当事者として理解できない部分はありますが、同じ人間として感じるのは決して不幸な存在では無いし、人々が其々のキャラクターを理解しあう様に、遺伝病も一つのキャラクターであってきちんと理解しあうことが大切な事かなと感じました。少し硬い文章になりましたが、大変勉強させて頂きありがとうございました。

2016年3月24日:高次脳機能障害(精神障害)を抱えながら就労している方へのデプスインタビュー(約2時間)を実施したので、その要点を整理した。

2016年3月24日:高次脳機能障害(精神障害)を抱えながら就労している方へのデプスインタビュー(約2時間)を実施したので、その要点を整理した。

*個人情報保護のもと、録音、本レポートの作成とウェブでの公開について許可を頂いた。(作成者:就労支援G田口)

 

  • 障害者の就労は、雇用主、社会、当事者が障害を前向きに受け止めていかなければならないと考える。
  • 障害者雇用というと、「弱者を助ける」という視点が強い。ゴールは「社会共生」。
  • 私の場合、脳障害(主に記憶、注意、遂行機能等の前頭葉脳障害+過去の記憶喪失)がある。自分自身が障害を受けたという記憶も自覚もなかったため、医療従事者から何度も説明を受けたが、障害を受容するまでに数年がかかった。それでも半ば強引に社会復帰をし、就業・社会生活を通じて、自分が障害を持っていることを自覚するようになった。受容までの道のりが長く困難であった。
  • 退院してからリハビリ(ちなみに正式なリハは3種ある。OT:作業療法、PT:運動療法、ST:言語療法)を経て、半年で社会復帰をした。一方で、半年で脳障害者が一般社会で働けるようになるところまで回復することは大変難しく、5年後の就業復帰・継続率は20%弱。とはいえ、自身の背景(未就学児が3人、住宅ローン、一家の大黒柱、)も重なり、働きながら機能回復も目指すという、とても高負荷な状況で、障害受容~社会復帰を目指すこととなった。そのため少しでも就労ギャップインパクトを減らすために、現在もSTリハビリ介入を続けている。現在に至るまで7年経っているが、精神的負担も大きかった。就労定着という点では、いまだに定着しているとは言えないが、比較的うまくいっている。私に限らずほとんどの患者で就労定着がなされていないのが事実。
  • 就労の希望を医師に伝えた際、「まだ早い」といわれたが、最終的には自分の意思を優先した。先生に言わせると、あなたの脳機能の状態は8人でサッカーを戦っているような状況。3人退場になって8人で、11人のチームに対して同点に持ち込まないといけないような状況にいるとのことだった。自分の場合、受傷前の記憶を失ってしまったので、社会復帰が結構大変だった。社会復帰に成功すると、周囲から「通常のこと」ができると思われてしまうが、今までできていた業務が全然できない(ミスの連発)ことを日々発見する毎日でパニック状態になった。自分のような障害を持つ人が、自分のことをきちんと把握できるようになるまでに一般的に5-10年程度はかかる、もしくは把握できない方々が大半とのことだった。
  • 2008年8月から3社で普通雇用された経験を経た後、復職後7年後に障害者手帳を取得し、現職の「障害者雇用」に至る。それによりストレスが大分なくなって現在、一応元気に働けている。障害者手帳に対する周りの偏見は意外になかった(むしろ地域・社会の偏見のほうが大きかった)。職場では、自分に障害者があることが周りに理解されているので、大分働きやすくなった。障害があることをオープンにするかしないかは人による。(たとえば症状が軽い境界域の患者や、未婚、女性、若い方、逆に働く必要のない65歳以上の方は、手帳を取得しない傾向にあったり、そもそも積極的な機能回復を目指すリハビリ自体行わない傾向あり)
  • 見えない障害に対するツールについて、少し前に妊婦マークやピンクリボンのようなものを使う・使わない、の議論が出ていた。自分の場合は自分で対応できるので不要と考えるが、自分で言えない人もいると思うので、なんらかの社会啓発は必要と考える。例えば、電車のシルバーシートみたいなのが将来的になくなっていく事(「共生」、障害者等が社会から排除されないノーマライゼーション)が我々が目指したいところ。
  • 復職して苦戦したのは、期待値と実質値のギャップ。障害者本人と周り(上司、人事)のギャップを少なくするために、何ができるのか、何ができないのか、どんな就労環境だと負荷が高いのかを細かくリストアップして、人事に事前に提供した。「すべて対応できるわけではありませんが」と言われたが、ある程度配慮してもらった。同じ種類(名称)の障害でも、症状や重症度は千差万別なので、それを理解することが重要。仕事のパフォーマンスも人によって違うので、画一的でない雇用・賃金制度が必要(年収が非常に低い場合が多いので、もう少し改善すべき。)
  • 障害者が就労した場合の人事評価制度:同じ精神障害といえども、脳障害とCNS障害とではその特性は大きく異なる。脳障害者は脳機能が物理的に欠損している(気分的な不安定性ではない)ため、その人がやれること、その人の強みとうまくマッチングすれば、逆に非常に高いパフォーマンスが発揮される可能性があるので、「自己目標管理型」がよいと思う。現職でも自分ができること+αの目標を設定して、毎年、人事とすり合わせている。
  • これからの企業と障害者(当事者)に求められるのは、「バリアをバリューにする力」。産業医(眼科)の三宅先生によると、目が見えない人は空気を読むのがうまく、カウンセリングに向いているという。カウンセリングを受ける側も自分の顔を相手に見られることがないので視力障害がプラスになっている。自分の場合も、だれが見ても分かりやすい資料を作成できるので、新入社員にとっても良いし、仕事のやりがいを感じられる。
  • この間、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)主催のセミナーで講演してきた。大手企業の人事担当者が集まっていたが、製薬会社の人が参加していなかったのが残念。来年から精神障害者の法定雇用率が上がるため、企業側がどういう人を実際に雇用したらいいかわからず混乱があるため、今回このようなセミナーが開催された。
  • 街づくりにしても、障害者が動きやすい街は老若男女だれにとっても動きやすい街づくりであることを意識することが重要。「障害があるから障壁を取ってあげよう」という発想はちょっと違和感がある。発想が変わることによる変化は大きい。海外ではinclusive designという発想で、障害者が使いやすいペンなどが開発されている。参考IDSホームページ:http://i-d-sol.com/inclusivedesign/
  • 色々な患者会なども参加してみたが、社会保障を多くしてほしいという声や、自分たちが居やすい世界をつくろうとする集団もあった。当事者間で自ら壁を作っている気がした。どちらが良い・悪いということではないが、私のように一般社会と共生していきたいと考えた場合は、当事者ももっと働きかけていかなければいかないと考える。課題は満載だが、だれかがやっていかないといけない。
  • 障害者雇用のしばり:現在、週30数時間働かないと補助金が出ない仕組みになっているが、障害者によって状態が違うので、社会復帰の足かせになっている。週3日勤務でもOKとか、会社としても柔軟に対応することが必要。かなり長期的な視点になるが、教育現場での取り組みも重要と考える。
  • 障害は一個人の特性ではなく、当事者と社会の環境ギャップと捉えるよう、受傷7年が経過して感じるようになった。1人では解決できない。障害者が場を用意してくれというのはおこがましいと思うが、生きやすい社会になってくれると嬉しいと考える。

患者中心の医療はポリファーマシーからではなくQUMから

高齢者の多剤投与(ポリファーマシー)が話題になっています。

一度に20剤飲まなければとか10剤は重罪だとか、多くの議論がなされています。

ポリファーマシーの代表的なケースは多科受診で処方を合わせると多剤になる場合と1科で多剤処方の場合があります。

多科受診になるのは高齢者が生活習慣病のみならず、老化に伴う疾患も多く出てくるからです。そのため内科以外に整形外科や眼科などの他科の受診も増えてきます。

一般にクリニックは横に調剤薬局がありますので、患者さんは受診後隣の薬局でお薬をもらうケースが多いのです。

各薬局で別々にお薬をもらうので重複投与があっても薬局ではわかりませんし、薬剤師は頂いた処方箋以外のお話はできません。お薬手帳も多く持っています。

この場合は薬局を一つにすると胃腸薬などをはじめ重複投与は解決できるでしょう。

1科で多剤投与の場合、多くの合併症を勘案して処方されているならば、一概にポリファーマシーだから減らしてくださいとは言えません。

ポリファーマシーは「こうすれば解決する」というという解はありません。

また、ポリファーマシーと残薬の問題が多く取り上げられていますが、これはどちらかというと医療費削減の視点が強いようです。

高齢者がこんなに多くのお薬を飲まされているのです。「家にお伺いすると残薬がこんなにありました」などの報道や記事を良く見られます。

私はこうしてポリファーマシーを減らしました。という薬剤師の記事も多数あります。

 

本当にこれでいいのでしょうか。

 

私たちが取り組むのはポリファーマシーや残薬からではなく、医薬品の適正使用からではないでしょうか。

医薬品の適正使用QUM(Quality Use of Medicine)を求めた結果がポリファーマシーや残薬解消につながるのです。

患者中心の医療から考えた場合、ポリファーマシーや残薬から入るのではなくQUMから入りましょう。

「医薬品の適正使用」の余碌がポリファーマシーや残薬の解消なのです。

患者さんにとって一番大切なもの。それはQUM「医薬品の適正使用」です。

高齢者はひとりひとり状態が違いますので、個人に合ったQUMが求められています。

 

JPPaC副理事長 平野裕幸

「医療経済」掲載中:<続報>希少疾患の高い薬剤の治療コストは?

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希少疾患の治療費は高額だ。一番の相違は各国の保険制度の違いによって、いくら良い治療法があっても患者側・支払い側(プライベート保険含む)にも双方に支払へのフラストレーションがある。治療薬があってもアクセスできない。貧富の激しい国では治療が出来ない。

この解決方法は日本とだいぶ違っている。まず、製品の価格にディスカウントやTIERがある。(同じ製品でもいくつかの違う価格帯で販売する)それを上回るのがその疾患に関する基金の存在だ。

特に新興国でのメディカルアクセスの問題が非常に多く上がっていた。80%の希少疾患は遺伝性の疾患であり、多くは幼少期から発症する小児疾患であることが分かっている。ただ、そういった遺伝性疾患を診る医師が国のどこの施設にいるのか、また潜在患者や未治療の患者はどこにいるのか? (多分これは日本でも共通の課題だと認識している)そのために早期診断が遅れ重症化し、患者や家族が情緒的、倫理的な破滅に追い込まれ自殺する例も少なくないそうだ。そのための精神科医師またはそれに代わる専門家のサポートが必ず必要になるということも強調されていた。早い段階からのスクリーニング検査、精度の高い疫学調査、これは医師や病院指導でアカデミアのサポートを受けながら実施しないと難しいだろう。スエーデンのカロリンスカ大学病院の希少疾患センターがストックホルム市政の援助を受けて活動している様子も紹介された。加えて医師の情報公開やグローバルでの疾患レジストリーの重要性、一般人への教育も繰り返し強調されていた。GISTに関するグローバルレジストリーをサポートしているアメリカのNPOも参加し、その中には日本人のGIST患者グループの登録も紹介されていた。

オーファンドラッグの開発が少なくともここまで進んできた背景には、研究機関や患者やその家族とのパートナーシップも貢献しているという。例えば、バイオバンクへの患者の検体提供などの推進により、今まで診断されていなかった疾病も一定の割合で治療見通しがつくことも分かってきた。テレメディスンを利用した遠隔相談や治療へのアドバイスも積極的に利用できるリソースであり、また治験に関しても少数の患者では1各国では難しいのでグローバルでの患者の参加も提唱されており、今後はどの疾病で世界のどの施設が中心になって実施しているのかが分かれば、日本人でも十分に対応可能であろう。

そのためには、特に遺伝疾患に関する医師の存在をもっと公開していくべきかもしれない。

製薬メーカも今までは利益追求の点からあまり積極的には手を付けたくなかった領域ではあるが、色々な優遇条件などが追加されビジネスとしての見通しも立ってきた。

今回NIH(米国)機能で印象的だったのは、「診断されていない疾患プログラム」を持つ部署があり、この7年間で世界中から7500件の問い合わせがあり、2800件に関して詳細な医療情報が寄せられ、そのうち780人がNIHのクリニカルセンターで検査を受け25%の患者の診断がついたという。日本では京大の先生方とコラボしているそうだ。ICORDは来年は、南アフリカで実施される。このようにカンファレンスの実施地を世界中に回すことで少しでも希少疾患の認知を広げたいと願っている。

「医療経済」掲載中:希少疾患・オーファンドラッグの動向を求めてメキシコへ

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秋の気配が心地よく感じられる日本からちょっと離れ地球の裏側にあるメキシコに

行った。今回の目的は、ICORDという希少疾患とオーファンドラッグの国際カンファレンスに参加するためである。ちなみにメキシコシティは海抜2000mの高地にあるが、酸素は十分、むしろ交通渋滞のスモッグが著しい場所である。

2年ほど希少疾患の製品やマーケティングその周辺の動きを追いかけてきた。「グローバルでは希少疾患はどのように扱われているのか?」といった単純な疑問もあったが、今回メキシコ国内・ラテンアメリカ・グローバルと3つの学会が合わせて行われたことも興味深かった。2年前は日本で実施されたICORDであるがその時には「ゆきわり草憲章」というものが発表されている。アジアからの参加者は少なく、日本からは私を含めて2名、中国からは政府関連の方、メーカに勤務する人、大学で公衆衛生を先行している大学院生など日本より多かったのだが、総勢10人も満たなかった。特にアセアンからの参加者は皆無であった。せっかくインドでは希少疾患についてグローバルな動きが始まったのだが。

今回の会議のハイライトを簡単に紹介したい。日本では希少疾患に加えて難病という言葉も使用されているが、グローバルではレア・ディジーズという言葉で一般的に汎用されている。ただし、その定義について対人口での罹患率として、決まっているのがアメリカ・ヨーロッパ・日本の先進国3か国ぐらいで他の国、ラテン系の国々ではしっかりとした定義は決まっていないようであり、特にメキシコはこの領域は米国より22年以上遅れているということだった。しかしながら参加している人たちの中には家族もいたり、患者会の代表の人もオーガナイザーとして入っていたりさすがラテンの国で、未来は明るく、グローバルでのネットワークをどんどん築いていこうといった活気が感じられた。

特に、心を打たれたのはコロンビアの女性医師の発表で、遺伝性血管浮腫についての疾患治療の説明の後、自らの家系がこの遺伝性疾患であり実は自分も患者であることを発表し、

コロンビアという希少疾患の対応に関してはまだまだ遅れている国で、日夜頑張っている姿だった。このような状況を見るとやはりこの領域はグローバルのネットワークが必須だと強く感じる。創薬にしても1か国という狭い枠の中ではなく、世界を視野に入れて患者を救うといった認識が求められる。

余談だが、つい最近PMDAが「さきがけ審査」6品目を発表した。胃癌治療薬(MSD)、

インフルエンザ治療薬(塩野義)、急性骨髄白血病治療薬(アステラス)、血管線維種(ノーベルファーマ)、デュシエンヌ型筋ジストロフィー(日本新薬)、遺伝性血管浮腫の薬剤である。特に後者3つは治療現場では、患者のQOLも含めて待ち望まれている希少疾患の薬剤だ。「地球上のあらゆるところに該当する患者がいる」ということが治療薬として本当の意味での大きな価値になると強く感じている。

難病フォーラム参加レポート

『難病支援に対する「狭間」「境界」の存在が浮き彫りになった。』橋本さんからのレポートです。

難病・慢性疾患全国フォーラム2015
共生社会の実現を目指して-難病法の成立と課題-

平成27年11月7日 浅草橋ヒューリックホール  (以下敬称略)
JPPaCからの参加者 畑中、堀、小坂、安保、橋本
会場参加者400名、TV取材あり

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2013年「障害者総合支援法」、2014年「難病の患者に対する医療等に関する法律」および小児慢性特定疾病対策を義務化する「児童福祉法一部改正法」=小慢改正法の成立とそれでも残る課題について、4つのパネル企画において各患者会の方を中心に語られた。
なお、公費助成の対象となる難病患者は306疾病(2015年7月1日現在)150万人規模となった。

オープニングアクト ― ダンスパフォーマンス
〜ボティーパーカッション”体すべてが楽器です!” 会場の皆さんと繋がろう〜

出演:NPO 法人ドリームエナジープロジェクト
協力:NPO 法人ボディーパーカッション協会

✔知的・発達障害者とともに、将来オリンピックでは10万人規模のボディーパーカッションを
行うことを目標にしているそうである
✔会場で座りながらも結構な運動量、一体感が生まれることが体験できた

パネル企画① ―難病法の成立と新しい指定難病の患者・家族の声と期待―
「希少難病に光を」 日本コケイン症候群ネットワーク
「難病指定を受けて」 胆道閉鎖症の子どもを守る会
「指定難病となって・・・」 全国色素性乾皮症(XP)連絡会
「難病法が施行された現在(いま)、思うこと」 全国軟骨無形成症患者・家族の会
✔難病指定されるようになって、診断基準ができ疾病名が変わる
✔これまで身障者手帳がなければ就労支援対象になれなかったが、難病指定になってからはサービスを受けやすくなった
✔まだ現場の医師が病気のことを知らないケースがある
✔外見からは病気とわからないため、周りからの理解が得られない
✔病気特有の生活について理解が進んでいない(ex紫外線を避けなくてはならない生活など)
✔医療費以外での経済的な負担は、家族を含めて大きい
✔小児から成人になると、小慢法が受けられなく
✔症状の変化を追えるようにして調査研究を進めてもらいたい

パネル企画② ―難病の残された課題と新たな要望の声―
「キャッスルマン病患者の課題」 キャッスルマン病患者会
「難病法から取り残された疾患の課題~線維筋痛症について」NPO 法人線維筋痛症友の会
「パーキンソン病患者に残された課題と新たな要望について」一般社団法人全国パーキンソン病友の会
「リウマチ患者の現状」 公益社団法人日本リウマチ友の会

✔そもそも専門医がいない、大都市でも少ないため、確定診断が出るまでに数年かかる
✔患者数が希少でない(多過ぎる)と難病指定されない(希少でないが、難病はある)
✔難病指定されれば、医師への認知、職場や友人の理解が深まる
✔就労が出来なければ生計が立てられず、貧困に陥る(治療のために就労、稼ぐという実態)
✔新薬で寛解できるケースもあるが、薬剤費が高いために経済的負担は大きい
✔患者会が病気の実態を発信することで、社会資源としての役割を担える
パネル企画③ ―障害者総合支援法による福祉サービスと就労支援の課題―
「障害者手帳を持っていない難病患者の障害福祉サービスに対する課題(膠原病の立場から)」一般社団法人全国膠原病友の会
「難病患者の就労〜当事者から見る課題と今後の対策への期待〜」 多発軟骨炎(RP)患者会
「入院中も重度訪問ヘルパーの付添いを強く求めます」 一般社団法人日本 ALS 協会

✔難聴であることは外見からはわからない
✔職場の仲間に、症状をどのように説明するのが難しい
✔制度的にヘルパーが吸引などの医療的ケアができるようになっているが、研修やシステム等が周知されていないため、患者会が主体となって活動しているところもある
✔口文字、透明文字盤を読みとる介護者が必要(ALS) スキル習得には3ヶ月ほどかかる
✔ALS患者が入院した場合、ナースコールが使えないことや看護師が来てもコミュニケーションが取れないことがある(意思疎通ができないなら、いつか死んでしまうという恐怖感)
✔医療職と介護職の連携が必要
✔ALS患者の場合は、重度訪問ヘルパーが入院時でも使えるようにしてもらいたい(コミュニケーション困難者として、医療従事者に認識されない)
✔「難病患者は特別な存在」でなく、「難病患者が当たり前に働くことの出来る社会」を目ざして取り組む
パネル企画④ ―難病や慢性疾病のある子どもと家族からの発信―
「小児慢性特定疾病制度と移行期の課題」 一般社団法人全国心臓病の子どもを守る会
「病児教育の課題」全国病弱虚弱教育学校 PTA 連合会
「制度の谷間―切れ目ない施策の拡充を求めてー」 公益財団法人がんの子どもを守る会
「医療的ケアの壁をのりこえて」 SSPE 青空の会
✔心臓疾患は100人に一人の割合、治療方法が進み9割以上が成人となれるようになったが、先天性心疾患の多くは完治しない
✔小慢改正法により成人後は自己負担増となる(トランジット問題)
✔自立支援に関しては自治体によって対応が異なる。自治体の認知が必要
✔ 先天性心疾患では、成人した時に小児科から一般の循環器科へ受診は難しい(医師に知識がない)
→成人移行期の医療体制
✔小児の希少疾患の場合、専門医が少ないため、遠隔地通院などの交通費、宿泊費や他の兄弟姉妹がいる場合の面倒を見る家族の問題、収入の少ない若い親への経済的、精神的な負担も大きい
✔小児ガンは不治の病から平均で70%以上、急性リンパ性白血病は90%が治る病気となったが、治療は長く続き、晩期合併症も多い
✔子供たちが希望を持って成長発達するために

フォーラムを通じて私なりのまとめとしては、「狭間」、「境界」という言葉が抽出されたように思う
◆難病の認定
指定になった疾病と認定されなかった疾病がある
患者数が多すぎる疾病の場合、希少疾患にならない
臨床現場で疾病認知ができていない時、患者は難病難民になり重症化するケースもある
<指定難病> Wikiから引用
難病の定義である
1. 発病の機構が明らかでなく
2. 治療方法が確立していない
3. 希少な疾患であって
4. 長期の療養を必要とするもの
に加えて、
1. 患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと
2. 客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること
が挙げられる。
◆教育、就労、精神的な問題、社会的自立
小児疾患の場合、医療の進歩で成人できるようになってきているが、社会制度がそれに連動
していないため、患者や家族へ負担を強いることがある
◆疾病に対する理解
希少疾患に対する臨床医への周知の必要性→専門医への連携
外見などからは難病患者と見られないケース、仲介者がいなければ成立できないコミュニケーション問題
医療費以外でも患者本人、家族に経済的、精神的な負担が大きい
◆国から地方自治体へ権限委譲により支援方法などについて地域格差、ばらつきが生じてきている

患者やその家族の立場を考える時、実態や情報の入手、発信源としての患者会の役割というものが社会資源のひとつとして重要であることを再認識しました。
その患者会の運営については、まだまだ患者本人や家族によるボランティアによって維持されている実態を知り、私たちはどのような形でサポートすることが出来るのか考えてみたいと思いました。

難病患者ら 社会参加への支援求める NHK NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151107/k10010297951000.html

~ボランティア活動からの報告~(吉玉孝士さんJPPaC会員)

吉玉さんが感じられたこと:ME/CFSは医療者と社会での認知と理解が不可欠で、治療法の開発と難病指定など社会的なサポートが課題と感じました。
この報告から私たちに出来る事を考えましょう。
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聴講レポート
記録文責 吉玉孝士
「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を理解するための集い」
2015年10月25日(日) 14時~16時 東久留米 成美教育文化会館
JPPac参加者  畑中、橋本、河本、吉玉

今回、大屋さんの紹介で、ボランティアのお誘いがあり参加させて頂きました。
会場の成美東久留米教育文化会館は、4-5階のビルの中心のロビーに大きな吹き抜けがあり、会場設備もしっかりしており、駅からもそれほど遠くない場所にありました。
13時準備開始の集合時間でしたが、13時頃私が到着した時にはほぼ準備は終了しており、患者会の皆様が手分けしてスムーズな準備をされておりました。最初、患者会という事もあり、運営の方々も活動が出来ない方が多いと思っていましたが、実際には患者家族の方が中心で、当日もテキパキと動かれておりました。この様なイベントを実施しても患者様自身が参加するのは難しい実情があるとの事でした。
会の開始前に、篠原理事長にご挨拶させて頂きましたが、車いすで横になられている状態ながら、非常に積極的に周りに指示をしながら会場設営に関わっており、むしろアクティブな印象を受けました。この時点で、すでに私がこの疾患に対して、この会場に来る前に認識不足があったと感じました。講演の中でも書いていますが、MEの患者様は、意欲があっても疲労等諸症状によって活動が制限されているだけで、体力さえ回復すれば積極的に活動できる方が多いという事を感じました。ただし、篠原理事長も実際には、講演の中で、イベント後には数日間殆ど動けないほど疲労が残る事があるそうで、やはり活動量も活動時間も制限があることをお話しされています。

14時に副理事長の岩井さんの司会進行から始まりました。岩井さんもご親戚に患者様がいて、食べることができずに点滴だけで栄養を取っている状況がある等、厳しい現状をお話しされておりました。その後篠原理事長の挨拶で、東久留米市から補助金を頂いている事、市議会で取り上げて頂いたこと、当市にも3人の重症患者がいる旨をお話がございました。
次に、来賓の並木東久留米市長から挨拶がございました。先程話の上がった補助金制度は久留米市独自で実施している事をお話しており、この様な会を行うことで疾患に対する理解が広がって行くことが大切であることを強調されていました。
私見ですが、配布資料にもあるように、この疾患の大きな課題は、器質的疾患としての側面である筋痛性脳脊髄炎(ME)との疾患特性が、海外を中心に理解が進んでいるにも関わらず、日本では医療者、一般を含めて理解が進んでいない。その為に補助金の問題、社会福祉の問題、疾患に対する研究の遅延など問題がある事を感じました。
2人目の来賓の挨拶は石橋東久留米医師会長からでした。医師会長自身も、慢性疲労症候群(CFS)としての疾患理解は昔からあったが、MEとしての理解は最近までしていなかったと話されており、日本に於いての医療者の理解不足は課題であると話されていました。医師会としても難病指定に入っていない現状も鑑みて、活動をしっかりサポートしていきたいとお話され、在宅医療の必要性からも今後、東久留米市が誇る在宅を活用し、地域包括ケアの中で取り上げていきたいとの事でした。また、医師としても原因究明、治療法の開発が大事と考えており、まずは診断が出来ない事によるたらいまわしは避けていくように努力していきたいと話を纏められていらっしゃいました。

最初に篠原理事長より、ME/CFSの実態調査についての講演がございました。篠原理事長自身の病歴とこれまでの活動の歴史をお話しされ、この患者会が発展するまでの苦労を語られておりました。(日本に、この病態の医学情報も少なかったことから自身で海外のガイドラインなど翻訳もされた事等)
まず、この疾患に関して、歴史と疫学、病態について詳しく解説頂きました。詳しくは省略しますが、この病気の大きな報告は1930年のカルフォルニアでの集団発生(当時は非定型ポリオと呼ばれていた)から始まり、度々集団発生を繰り返している。1955年のロンドンでの集団発生後、56年に医学誌ランセットに筋痛性脳脊髄炎という病名が提案されましたが、1984年にカルフォルニアで集団発生した後、アメリカで慢性疲労症候群という病名が提案され、その病名が日本に入ってきてしまいました。通常ウィルス感染に発症すると考えられており、近年でも原因も良く分かっていませんが、慢性疲労が蓄積すると慢性疲労症候群(CFS)を発症するわけではありません。最近では研究も進み、中枢神経での炎症が存在している事などの状況が少しずつ解明されつつあるとの事。
次に実態調査に関して、お話し頂きました。これまでこの病気は通院が出来ていない患者が多く、しかも通院出来ている時はPSも良い状態なので、重症度が低く見らてしまう傾向があるとの事。今回の調査では、家から出られず通院もできない患者にもアンケートして実態を調査した。結果、PS(日常生活の活動指標、数字が大きい程、活動が制限)が8~9の重症患者が実に約30%いたとの事。実際には、さらに重症で調査に参加できなかった方がいることを把握しており、もっと重症患者は多いだろうとの事。この疾患では、通院した後に心身の衰弱の為、軽症の方でも寝たきりになってしまうことがあるとの事。
症状としては、疲労、睡眠障害、疼痛など幅広く、残念ながら見た目で分かりにくく周囲の理解を得ることが難しい。この疾患では当然就労や家事が困難。その事からも社会福祉サービスが必要であるが、身障者手帳の取得率は重症の方でも65%、全体で14%と低い。最近、年金の支払者側には理解が少し進み、取得出来ている患者も増えてきた。
この疾患で最も解決してほしい事は、病気の研究を進めてほしい事。治療方法の確立や認知度のアップを目指して、患者会では国会での請願も実施し、衆参両議院で採択されたとの事。
篠原理事長の講演の後に、日本神経内科学会の患者ブースで使用したVTRを上映。このVTRでは疾患の現状をドキュメンタリーとして纏めており、実際の患者さまのインタビューも含めて実態を紹介している。専門医が極端に不足していること、そして最近分かってきた病態解明に向けた研究を紹介しており、医師への啓蒙と研究促進の思いが込められていたVTRでした。

休憩を挟んで清風荘病院の天野恵子先生より和温療法に関して講演頂いた。まず初めに天野先生がこの疾患に関わり始めた経緯についてお話しをされました。先生がこの病気を知ったのは、実はそれほど昔ではなく、千葉で女性外来を始められた時に、21歳の専門学校生で慢性疲労症候群の患者を診られたのがきっかけ。この患者は既往として高校1年生の時に微熱とリンパ節の腫脹を経験しておりその後、疲労が続き、先生の外来に来られた。漢方を中心とした治療で一時症状は良くなっていましたがその後悪化し寝込む様になったとの事。この患者との出会いで疾患の治療法を考えるようになった。その頃、元々循環器であった天野先生は鹿児島大学の循環器のDRで重症心不全の和温療法(先進医療として確立している、この開発のエピソードも面白かったですが割愛します)を開発された鄭忠和先生の事を知り、更年期障害が体を温める事で回復する事をヒントにME/CFSに和温療法が効果あるかもしれないとの事から、先程の患者を紹介して、治療を受けたところ非常に効果的だったという経験をされ、和温療法に取り組み始めたとの事。その後千葉の病院を定年退職し、新座市の清風荘病院の理解を頂き、この施設で和温療法を始めた。
和温療法について詳細は割愛させていただくが、自由診療として実施しており、一日二回約60度の低湿度のサウナに15分入って、その後も体を温めるために30分間毛布にくるまる。効用は血管の拡張と、深部体温の上昇によって全身の血管機能、生体防御機能が高められると考えられています。
様々なデータを客観的にとらえるために先生はSF36という患者の健康概念を数値化する指標によって、ME/CFS患者の病状と治療効果を評価しておられました。
この疾患では、特徴として日常生活機能等が低いがメンタルヘルスの部分は高い例が多く、いわゆる鬱や不安症とは大きく違っている事を強調されていました。意識として何とか活動したいとの強い気持ちがありながら、体が動かない状況との事。和温療法を行うことによって活動面の回復が図られる。傾向として罹病期間が短いほうがより効果的との事だが、罹病期間が長い例でも有効である。実際に罹病期間の長い例として、篠原理事長も和温療法を受けるようになって、今日の様なイベントでも疲労の度合いが小さくなり、睡眠障害、胃腸障害、手の機能などの改善が得られたとの事でした。他の患者の実体験(気温の高い南国での生活は病状を良くする)事も踏まえて、この疾患では体を温める事が重要と考えている。
最後に私の感想ですが、この疾患は医療者と社会での認知と理解が不可欠で、治療法の開発と難病指定など社会的なサポートが課題と感じました。会終了後の篠原さんとの会話で、患者会をJPPacとしても多方面でサポートしていく方法を考えようという話になりました。

声:近助(きんじょ)ケアを進めよう!

「近助きんじょ」という言葉を、JPPaCに新入会された平井手さんからはじめて聞いた。
10月の学ぶ会は、総合診療から見た患者中心の医療をグループに分かれて意見交換した。
地域包括ケアシステムもキーワードとして議論された。
平井手さんは、車いすから身を乗り出して、「近助」の大切さを説明された。
地域包括ケアシステムは、自助、互助、共助、公助の組み合わせから成立するといわれる。
しかしこの4つでは不十分で、隣近所同士が助け合う「近助」がその前に必要だ。
「近助」を円滑に進めるのは、お隣さんとの毎日の挨拶が基本だ。「おはよう」「今日はどうですか」の交換で、お隣さんの体調が分かる。現在、日本どこでもこの声掛
けが欠けている。
互いに声掛けして相手の状況を思いやれば近所同士互いにケアし合っていることになる。
一番簡単で、しかもお金もかからない。
マンション住まいの私自身考えてみるとお隣さんとの挨拶が欠けている。
明日と言わず今日から、「近助」の心でお隣さんと接しようと思う。
そして日本中で「近助ケア」を進めよう!